この世の全部を敵に回して
めったに本を読まないというよりは、読んでたまるか!といったほうが正確なワシなのだ。小説はその限りではないが、学術的なものや、哲学や思想書なんかはまさしく読んでたまるか!で、そこに自分が今テーマとして置いている問題のヒントならまだいいが、答えめいたものが書いてあると嫌なのだ。
だもんだからワシの本棚にある本はやたらめったら綺麗なのだ。ではにゃんで本を買うのか?そりはね、本は今気が付いたときに買っておかないと、すぐになくなっちゃうから。ベストセラーなら発行部数は多いが、それ以外はミニコミ雑誌並の部数しかでていないことも少なくない。あっこれは!と思った時に手にいれておかないと、後で探し回るはめになるからだ。
そういう意味でワシの本棚には読まれていない雑誌もたくさんある。とくに雑誌はね。古本屋でも手にはいりにくい。
この前本屋で見かけた本。1000円と安かったのと帯に書かれた「21世紀の太宰」というコピーにパラパラと開いてみたら、そこに気になる言葉を見つけた。
「永遠に生きる魂にとって私という観念は無意味である…」
ぬおおお、これだ!ワシが捜していたワードはこれなのだ。にゃるほど、この作者は「魂が永遠であるという仮定において私ということを意味解いた。ワシはその仮定をつけたことがなかったからこのワードに行き着けなかっただ。
さっそく買ってみた。買ってみたはいいが、もちろん読んでたまるか!
本を読まずにワシは魂が永遠であるという仮定の中、さまざまなシュミレーションをしてみる。魂が永遠なら、はて?ワシは何を思い何をするか?
ニンゲンは、ある意味思考するプロセッサーで、なにか情報をインプットすることでオリジナルのものがアウトプットされる。これが「編集」という作業なのだが、ワシの特性のひとつとしてこの編集能力が体に備わっている。インプットすればあとは、体が勝手にいろんなことを考えてくれる。あとはアウトプットを待つだけで電子レンジのチン!みたいなものだ。
チン!できあがったみたいだ。1週間ほどかかった。その間脳は忙しいからミクシイも、書いてなかった。
このチンでできあがったものは、ながーい話なのでまた書くけど、チンしてもんだから本を読む。一気に読み上げた。本のタイトルは「この世の全部を敵にまわして」。
その本の最後にこんな事が書かれていた。
あなたがあなたの中にある真実の哀れみをよみがえらせるだけで、この世界に仕込まれた憎むべきプログラム、貧困、暴力、戦争、差別、迫害、狂信などが無力化できることをあなたはもっと強く自覚しなくてはならない…
ふふん…おそらくはこの自覚こそが生物が「私」としてうまれでる理由なのだ。そしてその自覚こそが未来を繋いでいくのだろう。
| 固定リンク
|

コメント