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2007年4月10日 (火)

選挙が終わってまちは静かになった。

え?今時?っていうセスナをつかっての投票呼びかけにかかわらず投票率は過去サイテー。選挙前にJCが開催したタレント呼んでの「選挙に行こうよ」イベントのかいもなくサイテーだったのだ。
ま、ワシは外山恒一君に一票を投じてきたけどね(笑)

しかし、彼の「選挙は多数決だから多数派が勝つに決まってるじゃねーか!」という声の裏返った政見放送。(今はもう選挙も終わったのでふたたびYouTubeあたりで見られるんじゃないかと思う)

彼の笑いのツボを押さえてる演説だが、考察すべきネタも内包されている。今回の選挙を見てワシはそう思ったのだった。

「遠足でバナナを持っていってもいいと思う人ぉ~」
「はーい、はーい、はーい」
「じゃ、多数決でバナナおけ!となりましたぁ~」

おそらく遠足でバナナということに対して、そのメリットやデメリット、バナナが何の問題を内包しているのか、していないのか?バナナが何をもたらすのか?そんな議論があり、権利を有するものすべてがその問題について理解しているとき、「この決定はここにいるもの全員の連帯責任として決めちゃうよ」というのが多数決ではないかと思う。

その前段階がない場合、さきほどのバナナの多数決のように、全員賛成ということになってしまう。今回の選挙で感じたのはこれだ。

ワシが名前連呼、なれあい重視、組織の代理戦という選挙に異を唱える本質もここにある。

今日、某所に納品にいったときに選挙の話になった。

「選挙に出てた○○さんって知ってる?どんな人なんだろ?」
「普段、何してる人なんやろなぁ?」
「変臭長なんかブログで言いたい放題なんで、何考えて何してる人とか解りやすいよねぇ」

そんな話から話題は、選挙に出たらという方向にシフトしていった。

ええ、もちろんですとも。でますよ、でます。
デザイン屋なんて、50過ぎたら化石みたいなもんなんで、老後の保障のまったくないワシとしては宝くじ当てるか、50でも若手でとおる政治家になるしか未来はない。

んが、実はワシは政治のしくみなんて中学校の公民程度の知識しかないのだが、まあ今の現職の政治家も同じようなもんだから問題はない。

選挙に勝つための作戦まで考えた。
まず、対立候補のスキャンダルを徹底的に調べあげて、繰り上げ当選をねらう。

演説はこうだ。

「私は政治を変えません!」
「たかが1年生議員に政治なんか変えられるわけがない!できもせんことを言うつもりはないから、ここで宣言しておくが、ワシは政治を変えません!
しかぁ~し、あらゆることに疑問符を投げかけ、文句を言う。そして政治に混乱を起こすことは約束しよう。そして、その顛末を包み隠さず毎日ブログで報告する!」

どうよ?

話が脱線した・・・

つまり、選挙率の低さなんてもんは、「関心のなさ」という分析は間違ってはいないのだろうけど、なんで関心がなくなったかに問題がある。普段何してる人か?この人はどういう考えを持っているのか?バナナを遠足に持っていくタイプなのか?そんなことが見えてこない。

見えてくるのは組織的なパワーバランスの構図だけ、陣取り合戦椅子取りゲームだ。誰もが当たり前のことをスピーカでがなりたてるが、そのために何をどうするのかが解らない。文句言うだけならワシでもこのブログでしているよん。

これでは、誰でもいいいやとなるのはムリはない。鳴らない太鼓を叩くやつがいないように、自分の一票の重みを確認できないなら選挙率が下がるのもムリはない話だ。

神戸新聞にめずらしく面白い記事があった。今回の選挙を振り返って、それはまるで「ルビンの壺」だと言うのだ。ルビンの壺とは、だまし絵で見ようによっては壺にも、向き合った人の横顔にも見えるという絵で、一度は見たことがあると思う。

まさに「だまし絵」、たしかに「だまし絵」。

おなじく神戸新聞の地域版には「県議選を振り返る」という記者の座談会が掲載されているが、読んで「ほぉ、そうだったんだ」とどこの組織がどう動いていたかというのが解る始末。選挙終わってから知るこの情報って・・・。
なんか、読んでてオセロゲームか将棋の解説のような気がしてきた。

東京の都知事選はそこそこ盛り上がったそうだが、東京のようにメディアのキー局が集中しているところでは、情報はおのずと手に入る。しかし、地方では、なーんにもわからない。どかの知らない人が、あたりまえのことを言って。手を振ってるにしか過ぎないのだ。

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コメント

まさしく近年の選挙とは、選ぶのではない。
どこぞの特定の集団が裏で這いずり回っている。
そのことを正当化しようと偉そうに言葉を発するが、
個別訪問や、選挙期間前からの正当(政党)ではない
動きを得意とするやからもういる。

ある意味、選挙期間が過ぎれば静かになる。
セスナではなくて、家の電話や玄関のチャイムが鳴らなくて
静かになる。

こんなのが民主主義の選挙なんだろうか?
本当に政党や個人を選んでいるのだろうか?
静かになった町だからもう一度考える。
考えて欲しい・・・

投稿: だな | 2007年5月 8日 (火) 00:18

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投稿: omulg fqou | 2007年8月24日 (金) 11:36

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