この前トイレが壊れたことはここに書いたが、その主な原因は配水管の老朽化というよりはトイレのタンクに前の住人が節水のためにビール瓶やらワインの瓶をてんこもり入れていた人的なものだった。
たしかに節水にはなるが、そのせいで水量が足りず、途中で止まった汚物が空き屋の間に乾燥し固まって蓋をしてしまっていたのだ。
最近、テレビや雑誌で節約の達人みたいなカリスマ主婦が出てきて、いろんな裏技を披露しているようだが、このトイレのタンクの節水技もそのひとつだ。
しかし、トイレメーカもなにも考えずにトイレのタンクを設計しているわけではなく、ちゃんと流れる水量を計算しているわけで、多少の誤差を計算には入れているだろうが、基本的にはデフォルトのままのほうが安心だ。
しかし、なぜそういった裏技みたいなものが流行っているのだろうか?
実は、トイレ掃除の業者とテレビや雑誌でトイレタンクの節水術をすすめているカリスマ主婦とは、グルだったのだ。
つまりカルスマ主婦が節約術をススメ、全国のトイレがつまり、業者は大もうけウハウハなのだ。
なるほど、そーいうわけか!…と思ったら、実はトイレメーカーと水道局はグルで、水量は多め多めに設定されていて、カリスマ主婦はそのトイレメーカーと水道局の陰謀を阻止するために立ち上がった正義の主婦だった。
が、その正義の主婦を返り討ちにすべく、トイレメーカーと水道局はトイレットペーパーを製造する紙屋とつるみ、流れにくい紙を開発、それとなく市場に導入し、正義の主婦とトイレ掃除の業者の陰謀だとうブラフを流した。
かくして正義の主婦は、トイレ掃除業者との陰謀を企てた悪の主婦にすり替えられてしまったというわけだ。
はて、ここまで来ると本当は誰が正義の味方で、誰が悪の結社なのかわからなくなる。
実は、これはすべてワシが今考えた「ものがたり」である。これをリアルに書いて週刊誌かテレビあたりで言ったら本気にする奴もでてくるだろう。その後、ワシがバイクでこけて、それが誰かにパンクさせられたなんて言うとますます陰謀説はリアルになる。で、ワシはそれをドキュメンタリにし、それが映画化されワシはウハウハになる。
さて、ウソで一番やっかいなウソは、時々本当のことを混ぜ込むことにある。
ウソと本当がかき混ぜられたら、それはもう検証は不可能だ。さらにそこに「陰謀」というウソ…「誰かが俺たちを騙している」…という要素を加えたら、もー敵なしの理屈が構築される。ウソがばれそうな要素はすべて誰かの陰謀だといってしまえばいいのである。
時々、そんなアホな!っていう理屈でエロい教祖が美人の信者をはべらかしていたりして世の中の男性を悔しがらせるが、その秘密はこの方法論にあるのだ。
オーム以来、「洗脳」という言い方が一般化したが、洗脳って言うとすげー専門的な感じがするが、これは誰でも簡単にできる方法だし、そんなに秘密の方法でもなくて、ワシみたいな広告屋は何年か真剣に仕事をしていると体感的に学んでいくぐらいの技ともいえないようなものなのだ。
また、世の中は意外かもしれないが「偶然に満ちあふれている」。
たとえば、ワシがおねちゃんのところに夜中に電話をかけて「急に流れ星がみたくなったら、つきあってくれ」なんて言って呼びだし、バイクで海の見える岬に行き、「流れ星なんてめったに見れないけど、実はちみと二人で星空を見ながらワインを傾けたかったんだよ。もちろん流れ星が見れたら最高に祝福されたようで嬉しいけどね」なんて言って乾杯のあとに夜空を見上げると、本当に流れ星は墜ちてくる。
これは超能力でも祝福されたものでもなくて、地球には常に流れ星が墜ちてきてて、それは普段、町のあかりでかき消されているのと、そんなに空なんか見ないからわかんないだけ。偶然は満ちあふれているのだが、そこに言葉を付け加えると必然のようになるだけの話だ。
人は偶然なんてありえないと思いこんでいるが、それは確率論としての数字に表れないだけで、世の中は実は偶然に満ちあふれているものなのだ。
たとえば、確率的にサイコロをふって6が連続6回でることはすげ少ないが、実際にやってみると確立の数字を簡単に超えて出る。なんで確率論としての数字にでないかというのも理由があるが、ま、長くなるんでまた今度。
世の中には、こういった言葉のマジックのような陰謀説や、あやしげな思想や、占いや元クラブのママや、ゲイの兄ちゃんが幅をきかせてブイブイと美人主婦のハートをわしづかみにしていて、ワシは悔しい限りだが、世の中は平和で、生きていくのにリアルを必要としなくなってしまったことにこれらの「まやかし」がはびこる土壌ができている。現実を直視するよりも、ものがたりの中で自己を確立させたような気になるほうが簡単だからだ。
これをワシは「集団ひきこもり」と呼んでいて、かなーり、やっかいな問題だと考えている。