黒田征太郎マジック
昼からワシはめずらしく取材。取材せずに書くというワ
シのスタイル(?)では珍しいのだ。
取材したのは、えーっとなんだっけ?古着屋さんでその売上げをホームレス支援に回してる店でこの前、加古川駅前にオープンしたお店、そうそうフリーヘルプって店だ。
なんでもこの店のオーナーが何を思ったか店の看板を黒田征太郎氏に書いてもらいたくてダメもとで頼んだら快く引き受けてくれたそうで、じゃ、書きにいきますってことになったらしい。
で、急遽、黒田征太郎ライブが駅前で繰り広げられることになったのだ。
いや、黒田征太郎に頼みにいっちゃうオーナーもすげーし、それを「ストレートな申し出だ」と喜んで加古川まで書きにきちゃう黒田征太郎もすげーのである。
ほんでもって、なんだなんだと見ている人にオヤジギャグを飛ばしながらオイルバーなんていう油絵の具を固めたクレヨンのでかいのでホイホイ描いちゃうのである。
そこには芸術家の気むずかしさなんてもんは微塵もない。製作の途中、ちと勘違い気味の某新聞記者がインタビューなんぞを試みて作業が中断したのだが、それに気を悪くすることもなく答える。
「地域のためとか、日本のためとか、そんなこたー考えてなんかいないんだ。ただ、誰もが一歩踏み外せばホームレスだしな」なんて黒田節を炸裂させていて、ワシは激しく同感し、また同時にこの年代のカッコよさを感じたのだ。
いや、そんなことは実はどうでもいい。
実はワシはおそるべしことを発見してしまった。それを書きたくてたまらないので帰ってきてからすぐに今この文章を書いている。
店の上に白い何も書かれていない看板があって、黒田征太郎はそこにオイルバーで絵を描き始めたのだが、それを見ていたワシは最初は「いやー、ワシならあの絵についウンコなんか書いちゃうからダメなんだよなー」なんて冗談を言っていた。
ところが、どんどん絵が看板に塗られていく中で、看板がどんどん空間的に広がり始めたのだ。
なんだコレは?である。正直びっくりした。おそらく完成した絵をみてもそんなものだとしか思わないだろう。まだなにも書かれていない看板から徐々に絵が完成してく様子をライブで見ていたからそれはまるで黒田征太郎マジックなのだ。
都会によくある、シャッターなんかの落書きでも消してみたらそのシャッターの面積の広さにビックリすることはある。が、今回はその逆なのだ。
いや、すげーな。看板はまたたくまに世界を区切る板から、世界を覗く窓に変貌したのだ。
一見、子どもが書くような黒田征太郎の絵のすごさは、まさにここにあるのだとワシは今目視しているのだ。
感動したワシは黒田征太郎が帰るときにどうしても変臭超通信を渡したくなって帰りの電車でも読んでくださいと手渡したのだが、んがっ!今回の変臭超通信にはワシは佐藤かしわ君をマネして恥ずかしげもなくデザイン論なんつーもんを書いてた。
ぬおおおお、はずかすぃいいい。これは最低である。
それを思い出したワシはいますぐにでも黒田征太郎の後を追っかけて前号の変臭超通信とすり替えたい気分なのである。
これは映画監督が自分が撮影した映画の解説をしているようなもので、最近はそういう手法が多いからワシも多少は麻痺していたのだといっても言い訳にも聞こえないのである。
しかしながら、ワシには今回の黒田征太郎の一連の作業を見て新たな課題ができた。空間を狭めるのではなく広げる秘密は何かのかということだ。板を窓にする錬金術はどこから生まれるのだろう?
おそらくワシはその秘密を知っている。ただ、まだ言葉に置き換えるには時間がかかるのである。
梁石日の新刊『海に沈む太陽』は黒田征太郎をモデルにした小説。黒田征太郎のライブペィンティングを友人に誘われて見に行った梁石日は、その迫力にもーやられちゃったらしい。で、この小説を書いた。いや、わかるよ。
| 固定リンク
| コメント (0)
| トラックバック (0)
